稲川良夫(ウルトラクイズ優勝者)の経歴は?優勝賞品の無人島はどうなった?【こどもディレクター】

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こんにちは!管理人のyukariです。

1970年から90年代に放送されていた「アメリカ横断ウルトラクイズ」をご存じでしょうか。

視聴者参加型のクイズ番組1000問以上のクイズに挑戦しながらアメリカ大陸を横断し、ニューヨークを目指すというもの。

そしてこの番組の目玉でもあるクイズ優勝者への優勝賞品は‶インパクト重視”!

優勝賞品が発表された時のイメージと実物とのギャップにビックリする瞬間が見物でした。

そんな第11回ウルトラクイズ優勝者の稲川良夫さんが5月1日放送「こどもディレクター」に娘さんと出演されるようなのです。

今回は稲川良夫さんの経歴に優勝賞品の無人島は今、どうなっているのかを調べてまとめてみました。

稲川良夫(第11回ウルトラクイズ優勝者)の経歴まとめ

画像:QUIZ JAPAN

稲川良夫さんのプロフィール

岐阜県大垣市生まれ。

岐阜県大垣南高等学校卒業。

立命館大学法学部卒業。

大学在学中(1982年)に第6回ウルトラクイズとそのスピンオフ番組で敗者復活戦に参加するものの敗退。

その年に、クラスメート5人と立命館大学クイズソサエティー(RUQS)を結成し、初代会長に就きます。

立命館大学クイズソサエティーは後輩に受け継がれ、現在も活動されています!

凸版印刷(現在では従来の印刷業に加え、電子折込チラシ「Shufoo!」や電子カタログ「Paraly」などが有名。)に入社。

1987年 第11回アメリカ横断ウルトラクイズに参加

第3次国内予選の成田空港でのジャンケンで敗退するものの、愛知県小牧市のパチンコ店「ニューヨーク」での敗者復活戦で見事復活!

稲川良夫さんはおばあちゃん子で、3歳の頃からギャンブル好きのおばあちゃんに連れられてパチンコ屋に通っていたとか。

パチンコ屋で敗者復活が決定した時には親戚に「おばあちゃんの霊が乗り移った!」と言われたそうです。

国内から海外脱出への飛行機の中で行われた400問のペーパークイズでは総合トップの成績で、順調に勝ち抜け優勝となります。

ウルトラクイズ優勝後は・・

第13回、第14回とウルトラクイズに参加するものの敗退しています。

その後、凸版印刷を退社し、地元岐阜のイベント会社に勤務されているとか。

稲川良夫の優勝賞品の無人島は今、どうなってる?

稲川良夫さんの優勝賞品はなんと‶島の領土”!

島まるごとプレゼント!?

島の所有権をプレゼントなので、ここでなにしようがお好きなままにという事なのです。

ところが、実際の‶島”はこちら↓

奥の大きな島ではありません。

一番手前の木も生えていない小さな島が稲川良夫さんが獲得した島です。

島って言われると‶リゾートアイランド”をイメージするよね。

この写真は満潮時なのですが、干潮時にはなんと人一人立っている事がぎりぎり出来るくらいまで沈みます(笑)

後々に、ウルトラクイズの構成作家の方が優勝賞品の‶最高傑作”の一つというくらいですから。

企画として早い段階で優勝賞品に「島は島でも、満潮になると沈んで消えてしまう島。」をずっと探し続け11年目にして希望の島が見つかったのがこの島というわけです。

稲川良夫さんが‶パチンコ島”と名付けたこの島はカナダにあります。

そして情報によると2014年の段階ではまだ稲川良夫さんに所有権があり、金田に固定資産税を払っているとか!

面白いですよね。

大体の人がいらないと思うだろうけど、稲川良夫さんにとっては思い出でトロフィーみたいなものだから、手離しにくいですよね。

こんな突拍子もない番組だったけど、本気でみんな面白がってやって、みんなを楽しませてくれていたなと思います。

まとめ

今回は第11回ウルトラクイズ優勝者・稲川良夫さんについて調べてまとめてみました。

・第11回ウルトラクイズ優勝者・稲川良夫さんは立命館大学出身で立命館大学クイズソサエティー(RUQS)の創設者。
・稲川良夫さんの優勝賞品・無人島は、2014年の段階では固定資産税を払っているので所有権を持っていた。

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