1990年代、「シノラー」といえば原色鮮やかなファッションに身を包み、賑やかなキャラクターで一大ブームを引き起こした篠原ともえさんの事です。
当時それは唯一無二のファッションでしたが、現在、デザイナーとして活躍する篠原ともえさんが国際的な広告賞で2冠を受賞。
一体どんな作品を作っているのでしょうか。歌手・タレントからデザイナーへの転身。
現在の篠原さんの活動が気になりますよね。
今回は篠原ともえさんの現在と彼女を支えた両親の事について調べてまとめてみました。
篠原ともえの現在は?
寝る間を削ってデザインを専門的に学ぶ。
篠原ともえさんとは同世代なので当時の彼女のファッションはとても印象に残っています。
ランドセルを背負ってお団子ヘアに腕にはジャラジャラとカラフルなアクセサリーをつけて、ハイテンションで「くるくる~!」「キャー!!」といつも元気いっぱいでしたね。
16歳で歌手デビューしテレビで活躍するのと同時に高校もデザイン専攻で、短大では服飾、デザインについて専門的に学んでいたようです。
当時、芸能活動で使うカラフルなパンツや、キラキラしたアクセサリーを自分で制作しており、これが若い世代にうけ、「シノラー」ブームが起こります。
芸能活動が多忙を極める中、学校を1年留年してしまいますが、両親に「卒業することは自信になる。応援するからがんばって」と励まされた事で頑張って卒業します。
20歳のときに自分が出演する舞台の衣装を作ったことがキッカケで、少しずつ衣装デザインの仕事もするようになります。
そして、ユーミンこと松任谷由実さんや嵐のコンサート衣装制作を担当する事にもなったそうです。
篠原ともえが2022年ニューヨークADC賞で二冠!
ニューヨークADC賞とは今年で101回目を迎えた世界で最も歴史のある広告デザインの国際賞です。
いま日本各地で問題になっている、野生の鹿による農作物や森林の被害。
捕獲された鹿の肉はジビエと呼ばれ特産物になるものの、皮は廃棄されてしまうことがほとんどでした。
命をいただいているからこそ、皮も有効活用したいという動きがあり埼玉県草加市のタンナー(製革業者)伊藤産業の協力もあり、今回の作品が完成したとか。
廃棄される皮の端切れを水墨画のように濃淡をつけ、組み合わせ山の稜線に見立てています。
実際に展示を見た方々からは素晴らしかったという意見が多数でしたが、中には着物への敬意が感じられなかったとの意見もありました。
現実的にこれで端材を使用して皮の着物を実用化というのはなかなか難しいように思います。
けれど、今まで見向きもされなかった材料でこれだけの事が出来るという「可能性」を篠原ともえさんとこの制作に携わった方々が見せてくれたように思います。
篠原ともえの他の作品は?
星野リゾートが2022年4月に開業した「OMO7(おもせぶん)大阪」のホテルスタッフユニフォームも篠原ともえさんのデザイン。
着る人の世代や性別を選ばず、帽子やバッグといった小物類でスタッフそれぞれの個性を演出できるらしい。
働く時の気分も上がりそうです!
画像:中日スポーツ
画像:Instagram
篠原さんの着てらっしゃる衣装も自作だそうです。
素敵ですよね。
一般販売していないのが、残念!
篠原ともえの両親はどんな人?
母親は手作りの原点
篠原さんの母親は裁縫が得意で布団カバーや洋服などを、好きな柄やデザインで作ってくれて、そういった物に囲まれて育ちます。
物を作る事は大好きでしたが、6歳の時に母親のジーパンをリメイクしてポーチを作ります。
内緒で作ってジーパンをダメにしたので怒られるかなと思いきや「こんなかわいいポーチ、見たことない!」と大喜びで褒めてくれたそうです。
この時に物を作って人を喜ばせるという感動が制作の原点となっているようです。
母は優しかったけれど、生活の基本を守れないとよく怒られました。門限や言葉遣いに厳しく、『他人に迷惑をかけるな』とよく言われました。
引用元:日本経済新聞
素敵なお母様ですよね。だって、想像してみて下さい。
自分のお気に入りのズボンを切ってポーチ作って見せられたら、「切っちゃったの!?」と一瞬怯みますよね(笑)
迷いなく大喜び出来るあたりが凄いなと思います。
父親は寿司職人。
実家のある青梅市で寿司職人として働いてらっしゃいましたが、現在はお店はされていないようです。
口数は多くないけれど、明るく楽しくて、いつもともえさんの事をかわいがってくれるそうです。
いつも美味しいお寿司を食べさせてもらったそうです。
篠原さんのご両親はテレビでシノラーとして騒ぐ彼女を見ても、うるさいとか派手すぎるとか言われた事は一度もないそうです。
いつもともえさんがテレビに出ることを楽しみにしてくれ、応援してくれる存在だとか。
篠原ともえさんのなんだかんだ皆に好かれるのは、ご両親に愛されて育った素直さが根っこにある気がするな。
まとめ
今回はシノラーこと篠原ともえさんについて調べてまとめてみました。
・篠原ともえさんニューヨークADC賞(世界で最も歴史のある広告デザインの国際賞)を受賞。
・自身の衣装やアーティストの衣装を手掛ける。
・篠原ともえさんの父親は元寿司職人。母親が裁縫上手でともえさんの手作りの原点である。
元気はつらつ娘といった印象だったシノラーが美しい大人の女性と成長された事は驚きでした。
「こうしたい」といった意志をしっかり持たれており、勉強と努力を惜しまずやってきた事がニューヨークADC賞で受賞という結果を生み出したのでしょう。「10年後は、40代の私が憧れる50代になりたい。」そう言及する篠原ともえさんの今後の活躍にも目が離せません。
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